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帰郷してからの新生活
長崎の実家の母は独り暮らしで、私が暮らす関東の地震も心配して「そろそろ帰ってきて欲しい」ということもあり、自分の体調も良くなかったので、志半ばでしたが帰郷することにしました。
地方では車がないと就職が難しいので運転免許を取ることとなりましたが、乗り物全般が苦手、授業も苦手、狭い空間での対人恐怖もあり、とても苦労しました。 しかし、苦労の末に運転免許を取得してからは一気に世界が広がり、しばらくは安定した日々を過ごすことができました。
お勧めの病院を知人から聞いたので、新しく心療内科にも通い始めました。ただ、「お医者様自身がパニック障害を抱えている」という事実にどこか疑問を感じてしまったり、二件目の病院でもあまり効果が分からなかったりと、当時はとりあえず薬を出してもらう目的だけで通っていました。
それでも、故郷の「ゆったりした時間」や実家という圧倒的な安心感もあり、激しい発作はほとんど起きなくなっていました。「また発作が来るかもしれない」という予期不安の手前で踏みとどまれるようになり、自分をごまかしながらであれば、ちょっとした旅行も楽しめるまでに回復していきました。
新しい出会いと結婚
そんな中、新しい職場で出会いがありました。 お互いの両親もとても喜んでくれたことから、あっという間に結婚が決まり、私の新しい生活がスタートします。
「仕事と家庭をきっちり両立しなくては」 そうやって無意識に無理を重ねてしまった結果、またしても転職を繰り返すことになってしまいます。さらに新婚生活における環境の変化や大変なことも重なり、昔のように激しく寝込む日々が戻ってきてしまいました。
そんな私を見かねて、主人が本などで「薬の止め方」を詳しく調べてくれました。そして、少しずつ飲む回数を減らしていく方法を試み、最終的に薬を完全に止めることができたのです。
もちろん、すんなり元気になれたわけではありません。 しばらくは天井がぐるぐる回るような感覚に襲われたり、体が重くてどうしても起き上がれなかったり、小さな物音に過剰に敏感になったり、激しい躁鬱状態に振り回されたりもしました。消えない予期不安も、心の中にずっと残っていました。
薬そのものはもう必要とすら思わなくなっていましたが、パニック障害の恐怖が完全に消え去ったわけではなかったため、当時の私はまだ、薬を完全に「捨てる」ことまではできていませんでした。
※当時の私は個人の判断で薬を止めましたが、大変危険な行為です。お薬の減量や中断は必ず主治医の先生に相談し、周りの人にも協力してもらいながら、計画的に行ってください。
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