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薬でますます不安に
「病気」と言われて嬉しすぎたあの瞬間から、解放された毎日が送れるかと期待していました。
しかし、「発作のときに飲んだら落ち着く薬」の効果は一時的なものでした。
次にお医者様から告げられたのは、あまりにも残酷な現実でした。
「いつかは、効かなくなります。だからそうなったら違う薬にします。この病気は一生治りません。生まれつきの体質です。だから上手に、病気や薬と付き合っていくしかありません。」
この言葉によって、私は再びどん底に落ちてしまいました。
「頓服薬」は、私の「お守り」でした。
それなのに「効かなかったとき」の話を聞いてしまい、一生治らないと断言され、恐怖に耐えられなくなっていきます。
また発作が起こるのではないかと常に不安で、生きた心地がせず、どこにもすがる先がなくなってしまいました。もう早く死んでしまいたい気持ちでいっぱいでした。
当然、人前には出られず、息もできない。人と同じ空間にいるだけで辛い状態です。
会社には本当のことを言えず、おかしな行動で自分をごまかしながら、適切なフォローを入れることもできないまま、退職することにしました。
当時は若かったし、やりたいことがあったのも事実なので、前向きな事情を会社には伝えたような記憶があります。
それは精一杯の見栄だったし、生きていくために、自分に対しての「希望」を口にしたかったのだと思います。
あの頃はもうそれしか選択肢もなくて、会社を辞めた後もずっと心のどこかで「同じ会社に戻りたい」と思っていました。実は今でも、再びその会社に出社する夢を見ることもあるほどです。それくらい会社の先輩たちや同僚が好きでした。
子ども時代を振り返ると、父は単身赴任からやっと家族のもとに帰ってきたのに、わずか4年ほどで急死しました。本人も全く死ぬなんて思っていなかったはずです。
私自身は、ずっと生き続けているけれど、パニック障害で生きづらい。
「自分がこのまま生きていていいのか」「自分が死ねばよかったんじゃないか」「なんで生かされてるのか」
耐えられる試練とは思えないほど辛く、朝起きられず、夕方に目覚めては「また目覚めてしまった……」と空しい気持ちで夜を迎える日々。昼夜逆転した生活を戻すことができなくなっていました。
どうしても治したい
電車も地下鉄も、バスも、利用しないと生活できないけれど、乗るとずっと発作になってしまう。 そこで思い切って引越しをして、病院を変えてみることにしました。
幸い隣町に、一流大学出身者のカウンセリングルームを見つけ、勇気を出して行ってみました。 若い優しい男性のカウンセラーで、リラックスできるように色々工夫をしてくださいましたが、私は人と同じ部屋にいるだけで緊張してしまい、終始ガチガチだったのを覚えています。 女三人家族だったのもあり、男性に対しても緊張してしまうため、一生懸命その場に馴染むように全力で努力しました。
しかし、今までの「病院」の待合室や診察室とは違い、普通のビルの部屋で、完全予約制だったこともあり、気持ちはだいぶ前向きになれました。 ずっとそこに通いたかったのですが、私のように病名がつく場合はカウンセリングでは「専門外」となるとのことで、新しく病院を紹介されました。 今度の病院は少し離れていて、電車とバスを乗り継いで30分くらいの場所でした。
紹介された別の病院へ
紹介された病院は小さな個人院で、先生は大学の講演なども行う方でした。 大ベテランの先生に従い、週に3回、浅い呼吸で震えながら、頑張って通いました。
しかしある時、「脳波を測りましょう」と検査をしたところ、私の脳波が「『てんかん』の特徴と一致しています」と告げられたのです。 そこから、毎日大量の薬を飲むことになりました。 経済的にも大変だろうからと、申請を出して手当てをもらうように手配が進められ、また生活が変わっていきました。
「てんかん」と「パニック障害」を調べるために
いよいよ母にも相談したところ、母も心配してくれて「地元の病院で検査を受けなおしてほしい」と言われました。 そこで別の病院で脳波を測り直してもらうと、信じられない言葉が返ってきました。
「全く『てんかん』ではありませんよ。薬はもう飲まないで、一度きちんと調べましょう」
あの大量の薬を飲み続けていた間のことも心配になり、事情を伝えて、さらに大学病院でCT検査やMRI検査を行い、詳しく調べてみることになりました。
ただでさえ同じ部屋に人と居られない、エレベーターにも乗れない状態の私にとって、CTやMRIを受けるなんて無理な話です。 案の定、途中で発作が出てしまい、鎮静剤を打ってもらって半分眠ったような、起きているような不思議な状態で無事に撮影を終えました。
結果、頭蓋骨の右目辺りに「ないはずの『骨のようなもの』がある」ことが分かりました。 「てんかん」ではないとのことで少し安心し、「パニック障害はその『骨』が原因だったのか!」と自分の中で勝手にスッキリしかけていたところ、医師からは「これが原因かは分からない」「顔の右側がしびれてくるようなことがあればまた来てください」「経過を見ましょう」と言われ、診察は終了してしまいました。
「てんかん」ではなかった安心感は得られたものの、パニック障害の根本的な原因はわからず、不安は残ったまま。 やはりこれは「一生治らない病気」なんだな……と、当時の私はもう諦めて受け入れることにしたのです。
※病院やお薬について、当時の記録として残しています。医療やお薬を批判するものではありません。私を助けたいと関わってくださった皆さまに、感謝しています。
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